コロナウィルスについてどう話せばよいか How to Talk About the Coronavirus

パンデミックについてあなたの周りにいる人に上手に説明する4つの方法  Four ways to help those around you be better informed about the pandemic

2020年3月31日 The Story Collider事務局長 リズ・ニーレイ via The Atlantic

コロナウィルスのパンデミックで、私たちは嘘やデマ、素人分析などで混沌としている酷い状況に晒されている。今起きている事の意味を理解し何が出来るかを考えてみたい。

私は科学コミュニケーターを15年やっている。自身の専門分野外の複雑な科学的トピックについて深く掘り下げ、情報について解った事、情報を共有する効率的な方法を見出すのが仕事だ。この仕事をしていて、心配事が増えたり、悪夢を見たり、自分が愛している人と科学を話題にして言い争ったりすることもある。おそらく、ニュース等を目にして家族観で言い争うというのは、読者の皆さんも経験があると思う。

今日現在、私たち全員が科学コミュニケーターだと思う。COVID-19が私たちをそうなるように仕向けた。私たちが情報を求めてシェアする方法は物事を好転させることもあれば、逆に悪化させてしまうこともある。ここに私が科学を効率よくコミュニケートする方法について学んだ方法を書いておく。

最初に、自分の立ち位置からスタートしよう。既にあなたの一番身近に居る人にとって、あなたは影響を与える情報元。たとえ身近な人達があなたの情報に同意することがなくても、家族や友人は、あなたの発言に注意を払う。なぜなら、見ず知らずの人よりあなたの情報に耳を傾けるのは彼らにとって当然の事だからだ。

インターネットの情報流通について、研究者たちは、社会的繋がりの強弱を話題にする。ネット上で頻繁なやり取りをして密接な結びつきを持つ関係と距離を置いて頻繁に連絡をしない場合。これら二種類の繋がりに注目するべきだ。意外にも、人は弱い結びつきの相手の情報を重要視していることが判っている。

効率的な科学コミュニケーターになるには、メッセンジャーとしてのアイデンティを自己理解する必要がある。文化、コンテクスト(文脈や状況)、アイデンティが連携したコミュニケーションは飛躍的に有効になる。「オタクの信頼」という表現を初めて耳にした瞬間を今も忘れない。友人や家族が自分に技術的専門知識を求めて来た。これは、自分の伝えたいことが遠い聴衆(読者)に到達するまでの不安を一掃してくれるものだ。自分はもう既に自分の話を聴いてくれる聴衆(読者)を得ているという感覚。このように自身に近いコミュニティに己のエネルギーを集中させよう。

二つ目は、自身の闘いを選ぶこと。木曜に私はステフ・カリー女史とアントニー・カウチ氏のインスタグラムライブチャットを見た。「情報は、私たちが知っている通り、パワーです」とカリー女史が発言していた。はい、そして問題はこれです。「他者に情報を投げる事で人はフラストレーションを抱えるし、他者を遠ざけることになる」

人は認知的倹約家(ケチ)である。わたしたちはメンタルエネルギーを極力使わないようにする傾向がある。人間は深い「認知の偏り」を持っていて、学習発見的な物に頼って物事を瞬時に判断している。常に混沌としている事柄のパターン、変則的ルール、先入観や、自分の中の経験的視点の中にある意味合いを用いて、自身の決断の複雑性を回避しようとする。これらは無意識のうちに、既存のアイデアや価値、アイデンティにも作用する。このように人間はこれからも自身の尊厳や社会的立場を守る為に壮大な時間をかけていくだろう。

科学コミュニケーションは、政治的に分裂しているトピックを扱う時、ことさらに厄介だ。記者会見における批判等を例にとってもそうで、大統領選候補者への攻撃並みだ。攻撃対象を決定し攻撃対象が防衛しているのに、銃口を向けるという行動は一種の動機パターンかもしれない。もし、政治について論争したいなら、政治について論争すればいい。これは大切なことなのに、利害が大きければ大きいほど誰も口にしない。でも科学と政治を一纏めにしないで欲しい。

まず共通する価値やアイデンティティを見つけ肯定すること。そして認知的不協和の不快感に自身の読者が従うように依頼するだけ。自分のコミュニティ内でこれを行うことが、どれほど容易かに気付くこと。私の父親が以前投票した政治家のことを私は大嫌いだった。でも私は父親のことが大好きだ。父も私を愛してくれている。そこに私たちは相互理解を築き上げていける。

三番目に、デマは避けること。私は本能的に反応するのは逆効果だと学んだ。誤った噂や嘘を目にした時、人はそれを正したくなる。危険なアドバイスを誰かがシェアしている時、それを直ぐに非難したくなる。しかし非難するなり否定する際、誤情報を繰り返すことで、逆にその情報を強化してしまう事になる。危険な考えは人から人へ拡がりやすい。デマや誤情報は無視し、触らないこと。これは、情報予防学的に拡散スピードを制限するため必要だと覚えておくといい。科学者が推奨している、誤情報やデマの訂正について、仲間内で最もよく使われているやり方は、「予防的警告」、「健全な懐疑心へのサポート」、そして「正しい情報に焦点をあてたシンプルな反証を繰り返す」こと。

例えば、こんな風に言ってみるのはどうだろう、「特効薬とコロナウィルスについての報告で、あなた方が耳にしている事が気がかりです。情報のいくつかに大きな間違いがあります」このような言い方だと、最近のニュースに出て来た様々なトピックに対して会話の糸口を開くことが可能だ。そして、この会話の中で最も優先させるトピックが何なのかを判断する余裕を持つことができる。私の聴衆(読者)が何を心配しているのかが判らなければ、科学コミュニケーションを明確に行うことは不可能だ。どちらにしろ、自身の謙虚さと純粋な好奇心を持って会話をすれば、常にそれは健全な助けになる。

四つ目は、出来る限り正直で明確であること。私たちは全ての文献に目を通し、全ての開発をつぶさに追い、それらを分析することはできない、それはCOVID-19について完全な知識体系を示す事にも言える。リサーチの複雑性を見ればわかる。無理をすることはない。領域特化型の専門知識を持つ人間を探し尊重しよう。新たな情報取集データを改訂すること。努力して広げようとしていても、自身の知識の限界を知ろう。情報過多になって来たら、それから遠ざかることも大切だ。自身が一番必要とされる時に自分でそこに立つ事が出来る。

これらのステップは、自己の知識をより良い物にし、その質の改善に役立つ。情報をコミュニケートする際、情報への信頼を強化することに繋がる。聴衆(読者)と一緒にトピックについて探り、そうするプロセスに必要なツールなどを提供すること。聴衆(読者)の主体性や自律性を尊重すること。科学コミュニケーションはサービスであり自己の重要性ではないと言う事を覚えておくとよい。

私は、これらの挑戦の一つ一つに組み技をかけるように書いている。科学的論理と実践的な部分において、それでも大きな隔たりはある。一行を書くのに、何百ページにも渡る資料をダウンロードすることもある。有料コンテンツになっている学術文献に敬意を表して、リンクを貼ろうか、文献の結果の部分だけを一般文献で要約されたものを引用しようかと、毎回悩む。これを書くのに私は適した人間なのだろうか、これを誰が読むのだろうか、これを読む読者にどれだけ意味のあることなのだろうかと思う。

でも、辛い真実に人々の注意を向ける事は重要ではない。そして、いま、この瞬間、辛い真実に目を向けることがこれ程困難なことはないだろう。大切なことは、厳しい現実に果敢に立ち向かうことだ。未来への揺るぎない希望を持ち続けること。これは「ストックデールパラドックス」と呼ばれる。ジェームス・ストックデール海軍中将は大戦中、捕虜として何年にも渡り拷問を受けた。ジム・コリンズとの会話で後年、生き延びたのは「物事に必ず終わりがあると信じ続けたから」と語っている。捕虜の仲間たちは「クリスマスまでにきっと開放される」と言って楽観していた。クリスマスが来て、クリスマスは過ぎて行った。「すると彼らは『俺等はイースターにはここを出られる』そう言って、自分たちを奮い立たせて頑張った。イースターが来て、イースターは過ぎて行った。感謝祭が来て、またクリスマスが来た。彼らは心が折れて死んでいった」

私たちも、イースターが来てもパンデミックから抜け出せていないだろう。でも、私は終わりがあると信じている。そして、読者の皆さんもそこに私たちが辿り着く一助を担うことが出来るだろう。

 

(オリジナル記事:How to talk about the coronavirus by Liz Neeley

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