コロナウィルスは何故こんなにも混乱を起こすのか? 問題が巨大過ぎて、誰も完全に理解できない事を理解するためのガイド

ジョアン・ウォン編集

2020年4月29日 by エド・ヨン

3月27日、米国のCOVID-19感染者が1万人を突破した。ドナルド・トランプはホワイトハウスのプレスルームで、記者からパンデミックについて子供たちににどのように説明するのかと質問されていた。回りくどい回答をしながら、トランプは「これはバイ菌と言っていいと思うよ。インフルエンザって言ってもいい。ウィルスと呼んでもいいでしょう。そう、いろいろな名前で呼ぶことが出来る。これが何かを解かっている人間が居るのかも定かじゃない」とコメントした。

このコメントはホワイトハウスの究極結果主義的な声明ではなく、馬鹿な発言とも言えない。だが、大統領の発言は最も皮肉に満ちたものになった。異常な程までに不確実性が特徴となっているこのパンデミックにおいて、専門家が確実に把握している部分は極僅かだ。病因は「SARS-CoV-2」ウィルスで、「原型SARS」ウィルスに関連性が高いものだということ。SARS-CoV-2と原型SARSはコロナウィルス系に属している。科学者たちは、新型コロナウィルスの原子核の表面にあるたんぱく質の型を把握している。このたんぱく質の全ゲノムを読みあげるのに2時間は要するだろう。

しかし、上記以外の事では、パンデミックについては腹が立つほど、明確な事が判っていない。なぜ軽症で済む人がいれば、重症化する人がいるのか? 症状モデルが楽観的すぎるのか、悲観的過ぎるのか? 正確なウィルスの伝染率や致死率は? 実際の感染者の数はどれぐらいなのか? どれぐらい長く社会的規制を続ける必要があるのか? なぜ、多くの疑問にまだ回答が得られていないのか?

この混乱はパンデミックの規模とそのペースの速さが原因となっている。世界中で4か月の内に少なくとも310万人の感染者が発生している。経済は急降下して、社会停滞が起き、現在生存している人の記憶の中で、最も広範囲で最も急激に起きた変化を人々はこの危機によって感じていると思う。

ボルティモアのメリーランド州立大学医療政策専門科のゾーイ・マクラレン教授はこう述べている。「私たちはこのようなパンデミックに直面したことがなかったのです。ですから、この先どうなっていくのか、何が起こりうるのかという事が全く分かっていません。この状態から『不確実性』という言葉を理解するのが非常に困難になっています」

しかし、パンデミックの巨大な規模や独特の性質を超えて、今起きている事は、私たちを混乱させる別の要因も持ち合わせている。それは科学的、社会的、疫学的、認識論的な多くの影響を私たちに及ぼしている点である。ここにその影響を分析したものを記述する。問題が巨大過ぎて、どの人にとっても完全に理解することが難しい事柄を理解する為のガイドになるだろう。

 

I. ウィルス The Virus

今年SARS-CoV-2が猛威を振るうまで、コロナウィルスという名前は一般化していなかった。その為に、コロナウィルスという表現が早期の段階で人々に誤解を招いた。世界中のリーダーが集まり会議を開いた事を知った人々は、コロナウィルスパンデミックを描いた小説のごとく、誰かがパンデミックを計画したかのような誤った議論をした。洗剤容器の「コロナウィルス」という表示を見て、消費者たちは、製造会社が事前にウィルスについて警告を受けていたのではと、誤った推測をした。

コロナウィルスは1種類ではない。SARS-CoV-2以外にも、人に感染するコロナウィルスは6種類ある。コロナウィルスは風邪の3分の1の原因となるウィルスで、そのうちの2つのウィルスが、発生は稀で重症化するMERSやSARS(原型)だ。しかし、科学者は中国のコウモリ科の種族から約500種類のコロナウィルスを識別してきている。コロナウィルスの最新研究を行って来ているエコヘルスアライアンスのピーター・ダスザック氏には、「実際には、これ以上のウィルスが存在します。1万種類以上になるでしょう」と説明している。研究ではこれらの新型ウィルスが、ヒトに感染する可能性があることを示している。SARS-CoV-2 もコウモリから発生した可能性があるとされている。

コウモリウィルスがランダムに感染しやすい人間に飛びこんで行ったとは考えにくい。しかし、何百人という人々が何百匹というコウモリに日常的に接触している場合、コウモリは1万種類の新型ウィルスを持ち運び、あり得ない事象が起こる。2015年に、ダスザックの研究チームは、中国でコウモリ窟近辺の4つの村落の人口の3%がSARSに類似したコロナウィルスの抗体を持っていることを発見した。「コウモリは民家の上を夜になると飛び回る。住民は雨が降ると、コウモリ窟で雨宿りをすることもあり、コウモリの糞を集めて肥料にもしている。農民人口から推定すると、ウィルスを生成するコウモリがその地域に生息しているとして、年間100万から700万人がウィルスに晒されていることになる」とダスザック博士は説明する。この感染に関してだが、殆どどこにも拡散することはないと考えられる。疫病となるのは、ただ一つのウィルスだけだ。

一度、疫病になると、科学者たちが新しい病因を特定しようと躍起になる。不確定な部分が問題になり、そこを明らかにしなければならない。この作業は常に困難を伴う。コロナウィルスが病因である場合は特にそうだ。「コロナウィルスは作業をするのが非常に困難なウィルスです。細胞培養では上手く培養ができない。資金提供を受けるのも困難です」と話すのは、テキサス大学医学部のヴィニート・メナシェリー博士。博士は、世界に十数名しかいないコロナウィルスを専門に研究しているウィルス学者。それまでに顕著な脅威とされていたインフルエンザウィルスとは違い、コロナウィルスは、比較的マイナーな研究とされてきた。2003年のSARS蔓延時に、研究分野として少し注目されたが、人々の関心が無くなるにつれて研究資金も途絶えてしまった。「MERSが流行した2012年に、コロナウィルスを学術的に研究できるのではと考えていましたが、実際は困難でした」とメナシェリー博士は語っている。

目下、コロナウィルス研究者たちは結束し、研究の空白期間を埋めるように競いあっている。ウィルス研究は、パンデミックで最も求められているものだ。ノースカロライナ大学のウィルス学者のリサ・グラリンスキー博士は、「私たちは懸命に究明しています。研究施設の空間は多くの人が入り混じっていて、社会的距離というものはあまり取れていません」と語っている。

有難いことに、グラリンスキー博士は、SARS-CoV-2が劇的に変化を遂げている様子がみられない点に着目している。科学者たちはウィルスの進化をリアルタイムで追いかけている。耐性ウィルスが発生するというデマがあるにもかかわらず、私(記者)がコンタクトをとったウィルス学者たちの回答は、ウィルスの変化は安定したペースで予測可能なレベルであるということだった。グラリンスキー博士によると、「脅威になるようなウィルスの突然変異の兆候」は見られないとのこと。目下、世界はただ一つの脅威に直面しているだけだ。しかし、この脅威は様々な部分に影響を及ぼしている。

II. 疾病 The Disease

SARS-CoV-2 はウィルスである。 COVID-19 はウィルスが原因で起きる病気のこと。この二つは同じものではない。疾病は、ウィルスとウィルスに感染したヒトの組み合わせで起きる。そして、感染者の属する社会に影響を及ぼす。感染しても症状が出ない人もいる。一方で、感染して人工呼吸器が必要になるぐらい重症化する人もいる。早期に中国で得られたデータは、高齢者が重症化するというものだったが、米国(特に南部)では、中高年が多く入院している。これは中高年が持病を抱えているからだとも考えられている。世界的にウィルスは少ししか変化していないが、病状は国によって著しく変化している。

これがコロナウィルスの最も重要なデータを突き止めることを困難にしている。コロナウィルスの致死率(CFR)は、感染を診断された人の死亡した数を表すが、現在公表されているCFRは、0.1から15%の開きがある。明確な数字が判らないのがもどかしい。しかし、致死率を確定する事自体が現実的ではない。「人々は致死率を、変る事のない数値だと捉えている。しかし実際はそうではない」と語るのは、ハーバード医科大学小児病院の伝染病学者のマイア・マジュンダー博士。

致死率(CFR)の分母は、全感染者数である。これは国がどれだけ国民全体に診断検査を実施できるかによって数値が変わってくる。そして、分子である全死亡者数は、人口のどの年代別に拡散しているかによって異なってくる。死亡者数は、コロナウィルス感染以前に存在した病気の患者数、病院からどれぐらい感染者が離れて生活しているのか、どれぐらい医療機関のスタッフ数が充実しているか、医療施設が整っているのかによっても変わってくる。これらの要因は、米国内でも地域、州、都市によって異なる。このように地域で致死率も異なる。(マジュンダー博士は現在、地域ごとの致死率予測のツールを作成中。これが実用化できれば、リーダーが最もCOVID-19に対して脆弱性のある地域を特定することが出来る)

COVID-19の変動制もドクターたちを混乱に陥れている。病気は呼吸器だけを攻撃するのではなく心臓、血管、肝臓、消化器、神経組織にも影響を与える。ウィルスが直接臓器にダメージを与えているのか、身体全体の免疫システムが過剰反応を起こしてダメージを起こすのか、治療の副作用で他の臓器が壊されているのか、長期間の人工呼吸器の使用で臓器が不全を起こしているのか、明確には判っていない。

上手く抑え込みが成功しているため、過去のコロナウィルス流行データには手掛かりが乏しい。過去に世界中で10,600ケースしか発生していない。これはSARSとMERSの感染者を合わせた数字だ。これはスタッテンアイランドだけのCOVID-19感染者の数より少ない。「新型の病気で、1週間に100人から200人の患者を診ることはまずないです。これだけの人数の患者を診察するのは、通常何年もかかるものです」と話すのは、ニューヨーク大学ランゴーン医療の感染症ドクター、メーガン・コーヒー。「他の病気の患者を沢山診ていれば、何か異変を察知することになるでしょう」と彼女は語る。2009年の新型インフルエンザのパンデミックが起きた時、ドクターたちは心臓、肝臓と神経系の問題を記録していた。「COVID-19が基本的に他の病気と違っているのでしょうか、ただ多くの症状を一度に診ていることなのでしょうか?」と疑問を投げかけるのは、オレゴン医科大学血液学腫瘍学者のヴィネイ・プラサード博士。

プラサード博士は、COVID-19は臨床的な神秘性を展開している点を憂慮している。通常の病気ではない何かという見識があるからこそ、劇的に新しいアプローチをとる必要を感じるという。「人間はパターン化したものを見たいという余り良くない欲求があります。恐れを感じる状況、不確実性やデマにしてもそうです。民間伝承薬のようなものが出回るのも驚く事ではないでしょう」と語る。多くの感染者が血栓や血液凝固の症状を経験しているから、人口呼吸器の効き目はないといった理由で、抗凝血剤を患者に投与すべきかの議論がされている。これらの問題は重要なものだろう。新型の病気に直面するとき、ドクターは敏感に反応し、創造性を持って挑まなければならない。しかし、同時に厳密である必要がある。「病床医は物凄いストレスを抱えている。ストレスで情報を発信する能力にも影響がでている」とマクラレン教授は語る。「医師たちは、これで効いているのだろうか。これは有効であってほしい、私がそう望むから。自分は無力ではないか?」と疑問を持つようになる。

ヒドロキシクロロキンを検討してみよう。抗マラリア剤は、ホワイトハウスと保守派政治評論家が、COVID-19の形勢を逆転させるものだと言っている。フランスでの研究で、最初に抗マラリア剤はCOVID-19の治療には欠陥があると立証され、患者への投与やプラセボ、通常の医療ケア以上の有効性を薬が有しているかを確認する為の対象群を含む、確実な科学的裏付けをとることは中止された。研究の第一線の科学者は、この「方法論者の独裁状態」を非難している。有効な薬の重要要素というよりむしろ、「無作為グループや対象群が合致していない」というような異議を唱え議論すべきだと言っている。

米国、フランス、中国で行われている、大規模な(予備的)研究ではヒドロキシクロロキンの有効性に疑問を投げかけている。なぜなら、ヒドロキシクロロキンは、心臓の問題を引き起こす可能性があるからだ。国家医療局は治験以外での使用を承認している。治験は夏までには、より明確な回答を与えてくれるだろう。薬の有効性はまだ証明されていない。現在のところ、ドクターは、薬が効くかどうか判らないまま処方していくしかないだろう。重要なのは、薬の有効性より副作用の心配がある点だ。COVID-19の治療に使われると、ヒドロキシクロロキンが有効である関節リウマチの患者に薬が行き渡らなくなる。全ての研究がCOVID-19の理解に貢献するというわけではない。ずさんなのは、インターネット上のネガティブな情報だ。何もない所に自信という幻想を押し付けて、相当なレベルで不確実な情報を増やしていく。

III. 研究 The Research

パンデミックが起きてから、科学者によって公表されたCOVID-19の学術文献は7500件以上にのぼる。大量の文献が出回っているにもかかわらず、「大きな展開を見いだせていません」と語るのは、ワシントン大学の疫病社会学の研究者であるカール・ベルグストロム教授。「最も重要なのは、無症状の人がウィルスを拡散させる可能性があるという現実を理解することです。でも、この認識が理解されるのに時間が掛かっている」と語る。欠陥が見つかったドイツの研究は、この点について二月初旬に推測を重ねていたが、無症状患者からの感染が報告を含む証拠が様々なケースで積みあがってから、ようやく科学的意見として発表した。調査モデルは感染の殆どの感染経路が明確ではなく、症状が現れる時にウィルスのレベルがピークになっていることを示している。

この点においては、科学が実際に作用しているだろう。会見で人々が思い描く、決定的なブロックバスターとなる発見が連なる事より、ゆっくりとしたペースで、不安定で偶然見出されたような事柄が不確実性を解消していく。「私たちの理解は、最初は振り子のように揺れ動きます。ですが、それが最終的に答えに集約していきます」と話すのは、フロリダ大学統計学者のナタリー・ディーン博士。「それが通常の科学的プロセスだからです。ですが、それに慣れていない人々にとっては、不愉快なプロセスに感じるでしょう」と語る。

例を挙げると、スタンフォード大学の研究チームがサンタクララの3330名のボランティアにコロナウィルスの抗体検査を行ったとニュース記事になった。研究チームは、そのうち2.5%から4.2%が感染していたという結果を発表した。これは公式に発表されている感染率より高いもので、これに対して公式側は、ウィルスの致死率は低いと抗議した。スタンフォード研究チームは更に、厳しいロックダウンは過剰処置だと主張した。このように研究チームはロックダウンに反対したが、それを政府側が無視したと主張。しかし、統計学者、伝染病学者、病理環境学などの科学者たちは、この調査方法自体および研究チームの結果を批判した。

サンタクララの調査について、長い論評を書く事も可能だろう。しかし、そうすると個々の研究はCOVID-19について私たちが知っている事を独自の力で覆す確率は非常に低いと主張することになる。類似した「血清抗体検査」についての文献は、このほかに30件公開されている。これらの文献でどれぐらい多くのアメリカ人が感染しているのかを示すことが可能なのだろう。もし出来たとしても、ニューヨーク、ロンバルディア州、イタリアなどのような、SARS-CoV-2によって医療システムが明らかに崩壊している中で働くドクターやナースの証言を含む実際の証拠が一方的に不利になるだろう。ウィルスの致死率の正確な値は学術レベルの論争になる。医療機関が、現実的に何を出来るのかというような実践的な話にはならない。

部外者から見ると、サンタクララの調査に対する科学者の論争は残忍なものに思うだろう、だがこれは学会ではよくあることだ。このような論争は数か月に渡って繰り広げられる。今は、この様な論争が毎日のように起きている。それも一般に公開される形で。今までは、同じ学者仲間としか交流しなかった伝染病学者はツイッターで一般人のフォロワーを持つようになった。科学者が政治的な議論の中に突然放り込まれる場合もある。「党心派のメディア支局の人々がこれらの研究を一つだけ取り上げて、敵対する党派を叩く武器にしているのです。情勢が変わるのに人は慣れていますが、伝染病学者である我々は急激な方向転換には戸惑うばかりです」とベルグストロム氏は語る。

早い段階で、サンタクララの調査に関して、専門家の相互評価期間中に問題は指摘されていた。学術ジャーナルで研究結果が公開される前に、別の研究者たちから科学的プロセスについての評価をしていた。だが、他のCOVID-19関連の調査と同様、査読前のプリントがそのまま学術ジャーナルに掲載された。こういったプレプリントは相互評価における公平な批判を受けていない信ぴょう性の低い文献だ。プレプリントは、科学者の間でデータを素早く共有することを可能にする。確かにパンデミック発生時は、スピードが重要である。今までも重要な研究については、公開の1か月前にプレプリントが掲載され、検討の対象となっている。

プレプリントについて、疑問に思うような研究が、そのまま講演会などで発表の題材として使われている。しかし、問題はその事だけに留まらない。ヒドロキシクロロキンとCOVID-19についての欠陥文献が初めて公開されたのは、査読済みのジャーナルだった。編集長は共同研究者の一人だった。一方で別のジャーナルが公開され、新型コロナウィルスはセンザンコウから発生した可能性があると主張し、伝染病学者たちはこれを検証した後、これらの報告書の主張も却下した。

その間も、オンラインで科学者たちがプレプリントを発表し続けた。サンタクララの調査に関しては、査読はされていないが、学者間でレビューされたとみてもいいだろう。新しい研究がどのように受け入れられるかをジャーナリストが評価することが嘗てないぐらい容易になった。しかし、新しい研究の内、議論がされている部分を聴衆に示しているものは少ない。議論の余地があるということも発表されることはない。中には、プレプリントであるということも明らかにされていない文献もある。「ジャーナルの記事報告とプレプリントのルールは同じです。信じがたいほど、全てを懐疑的に詮索する必要があります」とジャーナリストのイワン・オランスキーはマスコミ監視組織のヘルスニュースレビューに語っている。

懐疑的詮索は、パンデミックが人々を苛々させている現状では更に必要性が高まっている。疫学病ジャーナル編集者のUTサウスウエスタンメディカルセンターのジュリー・ファイファーは、同僚と自分に送られてくる文献の多さに辟易していると語る。文献の殆どが信ぴょう性に乏しく、ジャーナルに掲載できるレベルのものではなく評価を受けているものでもない。「どこにも公開されるべき文献ではありません。これらの文献は最終的に『プレプリントサイト』に掲載されてしまいます」と語る。中には科学者でもない人が信ぴょう性の低い数学のモデルと一緒に継ぎ接ぎをしたような文献を書いています。中には、疫学病学者が突然研究対象をコロナウィルスに変更して文献を物凄い勢いで提出してきています。これらの人々は、純粋に人助けをしたいという気持ちもあるでしょうが、大部分がご都合主義であることは確かです」とファイファー氏は指摘している。

 

IV. 専門家たち The Experts

先月、法学者のリチャード・エプスタインが「アメリカの組織化されたパニックは正当化されないだろう。このままパンデミックが続けば、いいニュースのほうが悪いニュースより拡散するものだ」と主張した。彼の発言がトランプ政権内の保守派グループに広く浸透した。ニューヨーカー誌のアイザック・ショーティナーのインタービューで、疫病学的知識がない事を指摘された時、エプスタインは、「弁護士として得たのは『反対尋問』のスキルだ。私は医学生に教えた経験の中で、多大な時間をかけて疫病学について教えたことがある」と答えた。彼のエッセイでは、当初COVID-19で500人の死者がアメリカで出るだろうという予測だった。その後人数を5000人に訂正した。今までの所、死者数は58,000人、まだ増え続けている。

エプスタイン氏の他にも疫病学者でもない人々がその分野の専門家のように浮上してきている。軍事歴史学者のヴィクター・デイビス・ハンソン氏は昨年秋以来カリフォルニア州でコロナウィルスが拡散してきていると大きく広めるようにと提案している。この主張は、遺伝子研究によって、アメリカ国内での最初のコロナウィルス感染ケースが今年1月と特定されている事で否定されている。ホワイトハウスの会議で、ピーター・ナヴァロがヒドロキシクロロキンについての研究調査書を指して、「これは科学で、逸話じゃないでしょ」とアンソニ・ファウチ氏に語った。ファウチ氏は、公共医療で50年のキャリアを持つ、アメリカ国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)所長。シリコンバレーの技術者のアーロン・ギン氏が自主出版物としてオンライン発表した記事「ヒステリーの証拠―COVID-19」は何百万回という閲覧数を稼いだが、ベルグストロム氏によって内容の虚偽が指摘されてネットから削除された。

専門性は知識だけではなく、間違いを見つけることが出来る能力も含む。ギン氏は自身の研究の中で誤りを見つけることが出来ず、ベルグストロム氏は出来た。私たちもどちらかと言えば、前者に陥りやすい。情報に飢えている状態なのに、情報の信ぴょう性を確かめる能力に欠けていて、信ぴょう性のある情報元を持てずにいる。「まさに認識論的危機。専門家が沢山いるのに、見分けをつける為のツールが少なすぎる」と発言するのは、ノースカロライナ大学社会学者のゼイネップ・テュフェクチ氏。「学歴偏重主義だけで解決するとは限らない、マスメディアに酷い情報を個人的に発表する人が後を絶たない。だが最初の段階でパンデミックについて素人に説明したのは科学技術系の人たちだ」と語る。ベルグストロム氏も、専門家は情報を締め出すべきではないという点では合意している。「才能のある人たちが多くいる、私たちは手助けしてくれる人たちの協力を必要としている」と発言している。例えば、ホッケー分析家のデイビッド・ユウ氏は、米国内で最も影響のあるCOVID-19モデルの偏移を予想するツールを作り上げた。「以前は3週間かかっていた、事象の把握がこのツールを使えば、1時間で理解出来るようになったのです」とベルグストロム氏は語っている。

専門性の欠如と極端な自信過剰が一緒になると厄介だ。アメリカ社会は謙遜や謙虚さといったものより突出した自信を褒め称える傾向があるからだ。「科学者が絶対的原理の代りに警告を与える時、誰も何が起こっているのかが判らないという状態を『不確実性』として認識するように教えられている。懐疑論者となる機会を与えてられていると考えても良いでしょう」とガリンスキー氏は語る。科学自体がこの拮抗するダイナミクスから自由になるわけではない。ノーベル科学賞のような欠陥のあるメカニズムを通して、科学の世界は個人の実績を称える傾向にある。実際、実績はチームの力で成し遂げられるものなのに、たった独りの天才が成し遂げた研究という神話を生み出している。人々の注目を通して、マスメディアは声高に発せられた事柄を称賛しがちだ、そしてその事柄は必ずしも正しいものとは限らない。そして、その声を発するのは奇妙な程の割合で男性であることが多い。

専門家などいないという考えは軽率な発言だ。専門性は狭く深くなりがちというのが問題だ。疫病学の世界でさえ、疫病学者は栄養学を学ぶ人より感染症に詳しいといった程度だ。しかし、パンデミックは専門性の深さと広さを求められる。広範囲の検査がパンデミックをコントロールするのに必要であれば、医療専門家の声を聞き、検査が可能になれば、サプライチェーンの専門家の声を聞くといった風に。コロナウィルスに免疫を持つかの判断に抗体検査をするかを決める時には、免疫学者の声を聴く。検査がよい考えかを決める為に、医療倫理学者の声を聞き、倫理的判断には人類学者、科学歴史学者の声を求める。誰も全てが解かってはいない。全て解かっていると主張する人のことを信用してはいけない。

パンデミックにおいて、信頼を勝ち得るのは自信ではない。自身の限界の認識や、自身の専門性を超えた所にある部分を指摘できること、全体の一部分に働きかける意志があることが強い信頼に繋がるだろう。「えせ疫病学者たちの特徴が、全ての事象に対する大きな解決策となるでしょう」とベルグストロム氏は語っている。「信ぴょう性の高い情報は、通常は、膨大な研究をしている研究チームや誰かが地下で密かに研究しているところから出て来るものですからね」

 

V. メッセージ The Messaging

パンデミックが起きて間もなく、コロナウィルスが中国で蔓延していた頃、ベテランの疫病学者でさえ新型肺炎がインフルエンザより猛威を振るうパンデミックになるとは予測していなかった。1月26日付で、ファウチ氏はウィルスが「米国に伝播するリスクはとても低い」と発言していた。このコメントは公共医療局レベルの検討事項とされ、医療従事者たちには公表されていなかった。ジャーナリストの多くはコロナウィルスをインフルエンザの脅威と比較する記事を書いて、恐れるものではないと安心を与えていた。

政府役人の一部に急激なパニック状態を避けるという狙いがあったかもしれない、2014年のエボラ出血熱の蔓延時に、アメリカはパニック状態に陥りそうになった経験があるからだ。冷静に対策をするという態度は称賛に値する。冷静に対策できなくなるまでは。

「感染症が広がると大騒ぎすることは誤情報と同レベルになった。多くの騒ぎはデマです。でも、何かが起きる時、誰も冷静に『これはただの騒ぎではない』と言えないものです。これはアメリカ人が演じる文化的シナリオで、一度筋書きが変わると、新しいシナリオに誰もシフトしていくことが出来ないのです」とテュフェクチ氏は指摘している。

専門家たちが描いた物語は、リスクは完全に正しいものではないというものだった。1月26日付で、ジョンズホプキンズブルームバーグスクールのトーマス・イングルスビーがツイッターで、「コロナウィルス感染を防ぐ計画を立てるべき」と呟いている。ツイートを続けて、奨励するべきもののリストを上げている。ウィルス検査、防御服やマスクの着用、コミュニケーションの透明性、これらは目下アメリカが国を上げて取り掛かっている問題だ。このツイートの4日後に、前FDA理事のスコット・ゴットリエブ氏と国家保安局のパンデミック準備事務局のルチアナ・ボリオ氏が政府に疫病蔓延対策の為に「今すぐ動いてください」と訴えた。「この事から『専門家は間違っている』とは思わないで貰いたいものです」とテュフェクチ氏は語っている。「正しい人に従えば、それは圧倒されるぐらい正しいものです。ただ、その正しい人たちが正しい立場に居ないため、その声を聞く事が出来ないのです」

1月時点で、WHOがあまりにも中国側について居る事で批判を浴びた。感染拡大の確認やパンデミックを表明することも立ち遅れていた。問題全てをWHOの対応に起因するとは断定出来ない。リスクが明確になった後、各国のリーダーが自国の対策に失敗している事への責任をWHOが負う必要もないだろう。もっと積極的に早く動けと勧告を受けているが、あの通りのWHOである。しかし、WHO事務官は、緊急事態におけるミスを犯したことをレッスンとして学んだことだろう。1月中旬、今となって非難轟々のツイートを送信している。「新型#コロナウィルスのヒトからヒト感染の証拠はありません」このツイートは重要な詳細を何も掲載していない。それは、タイや台湾、香港からの新型ウィルスの新情報を得ていたにもかかわらず、一切世界に発信をしなかった、とテュフェクチ氏は指摘している。

ホワイトハウスや政府要人も同様だといえる。1月や2月どころか、3月になっても感染リスクは低いと繰り返し国民を安心させようとした。当初、リスクは低いものだったかもしれない、とイングルズビー氏は語る。しかし、政府は病気が及ぼす範囲が本当にどのようなものかは未知数だという点を教えるべきだった。ウィルス検査が間に合っておらず、病気がどこまで広まっているかを把握できていないこと、既に世界中にウィルスが蔓延していること、空港でのスクリーニングや移動禁止令を出しても失敗に終わってきているという点についても人々に注意喚起すべきだっただろう。「詳述すると説明が長くかかります、でも疫病蔓延とはそういうものです。不確実性がとにかく多い、それを綺麗に片付けるべきではありません」とイングルズビー氏は説明している。

2月下旬、国立予防接種呼吸器疾患センター長官のナンシー・メソニエ氏は、政府方針から外れて、国民に訴えかけた。アメリカ国内でウィルスが拡散するのは時間の問題であり、蔓延するかどうかの段階ではないと。メソニエ氏は、学校閉鎖、失業など「日常生活が厳しい状況になること」に国を挙げて取り組む必要があると訴えた。「状況は悪いものだと覚悟をする必要があるだろう」と声をあげた。だが、その翌日にトランプは「この件に関しては、感染者数はゼロに近くなっている」と主張した。そして、その翌日にアメリカ疾病予防管理センター長官のロバート・レッドフィールドが「低リスクだ」と繰り返した。レッドフィールド氏は、メソニエ氏の発言を不明瞭だと指摘した。直後に、「アメリカ国民は日常生活を送る必要がある」と声明を出した。過去に疫病管理の権威であった、元疾病予防管理センター長官たちは沈黙を保ったままだった。

人々を安心させたいという気持ちはわかる。だが、「可能な限り正確であること」が最も大切だとイングルズビー氏は主張する。「国民が一番正しい行動ができるように情報を与えるべきです。私たちが解明できていないこと、これから解明が進むことを国民に知らせる必要があります」と語る。(WHOは、4月25日付で、「COVID-19に罹患し回復した人は、抗体ができ、感染することはないとする証拠はありません」と誤ったツイートを送信した後に、長く詳細にわたった説明をつけて否定した。WHOも過去の経験から学んでいる)

最初の段階から、政府、ジャーナリストが不確実性について明確にできていれば、国民は既存の枠組みの中で新しい情報を取り入れることが出来ただろう。そして新しい証拠を見れば、それによって新しい政策が生まれることを理解できたと思う。そうでなければ、情報が更新されるたびに国民は混乱する。疾病予防管理センターが突然マスク着用についての方針を変えた時、なぜマスク着用問題が争いの元になるのかを事前に明確にしないまま、政府要人の気まぐれで、方針がひっくり返ったような印象を受けた。危機における情報伝達の研究をしているワシントン大学のケイト・スターバード教授は、「危険なコミュニケーションだといえるでしょう。組織に対しての信頼を失墜させるもので、信用に値する情報を見つける場所がなくなる訳です。国民は虚偽やデマに対して脆弱になる危険を伴います」と語る。

 

VI. 情報 The Information

トランプ大統領弾劾裁判のような出来事があると、国民は自身の信条を回りに知らせるために情報をシェアします。そう語るのは、オンラインでの情報拡散について研究するスタンフォード大学のレネ・ディレスタ教授。災害時に人々は「自分のコミュニティに役立つ」情報をシェアする傾向にあるという。シェアをするということは、自分の代理権を与えること。それは人々が不安や不確実性に惑わされる状況を集団で理解することを許すようになる。「地震が起きるとご近所に声をかけて、その数日後には実際に何が起きているかを把握することが出来ますが、COVID-19については、不確実なことがずっと続きます」と教授は語っている。

パンデミックの長さも人々を境界域の中に閉じ込めるものだといえる。日常生活が覆され将来が見えない状態を明確にするためにできる限り集められる情報を得ようとする。そして、その行動を止めることが出来なくなる。「より新しい情報、より最新の情報を求めるあまり、科学的に吟味されていないデマを消費するようになり、デマが急速に拡散していきます」とベルグストロム氏は語っている。パンデミックは「ゆっくりと全容が解明されていきます。ごく狭い場所の全風景を変えてしまうような事は起きません」と説明しているが、情報の更新を私たちが容赦なく求めすぎるあまり、パンデミックが急激なものに感じると語る。今、人々は事象を沢山知ろうとするあまり苦闘しているといえる。

オンライン情報のチャンネルが個人仕様で政治利用され、正しいが微妙な主張より極端な主張を奨励するアルゴリズムによって操作されていることが問題だろう。ツイッターでは、正しい情報よりデマが早く拡散する。そのスピードは6倍である。「でもインターネットの問題はこれだけではないのです。多くの人々にとって、何が真実であるかは、自分のコミュニティで信頼できる人が発言することが正しいと信じてしまうことです」とディレスタ教授は指摘している。このような精神力学は、少なくとも最初の段階で、リベラル派も保守派のアメリカ人も、パンデミックに対して違った見識を持っていたことがわかります」と語っている。

パンデミックの現実が明確になるにつれ、党派間の隔たりは急速に狭まってきている。しかし、時間の経過において、間違った情報(この場合、誠意をもって拡散されたもの)が虚偽やデマに取り替わって、政治的に人を陥れるために故意に流されるものになるとスターバード教授は指摘している。心理的恐怖と不確実性の真っただ中で、陰謀説が雑草のように拡がっている。

ホワイトハウスの声明も混乱をさらに悪化させているだけだろう。トランプはパンデミックを軽く見ようとしていて、失敗の中で自分の役割を書き換えている。彼のシナリオはいつもの通り。責任を逃れ、スケープゴートを探し、文化抗争を煽って、トランプバージョンのリアリティにすべてを捻じ曲げるように露骨な発言をする。(そして、トランプバージョンのリアリティはそれ自体が矛盾してさえいる)。コロナウィルスについて、トランプがついた嘘のリストは長く、さらに伸びていくだろう。コロナウィルスの結果についても同じだ。ヒドロキシクロロキンを取り上げたことで薬が不足するようになった。ウィルス検査を受けたい人は受けられると発言したことで、医療現場は既に手が回らなくなっていたにも関わらず、多くの人々が病院に押しかけてしまった。

ジャーナリストやメディア批評家の一部は、ニュース配信するネットワーク局にホワイトハウスの声明をライブで放送、配信することを止めるように切実に訴えている。これは、極端な意見に聞こえるだろう。しかし、今は極限の時だ。大統領が声明で、ドクター達に国民が漂白剤を消費するべきではないと明確にしろと発表している、まさに今。「どれだけ、厳しい質問を大統領に投げかけても、国民の健康にシリアスな影響を与える誤情報を大統領が拡散するのを止めることができない」と語るのは、NY大学のジャーナリズム先行のジェイ・ローゼン教授。「アメリカ人はより確固たるジャーナリズムが問題を解決すると思っているが、実際はそうではない」と言っている。

ローゼン教授は、断片的な情報更新を行うメディアの怠慢なリズムが、パンデミックのような大規模な出来事をカバーするのにはふさわしくないと主張している。「ジャーナリストは、まだ自身の仕事が新しいコンテンツを生むことだと考えているが、もしジャーナリズムのゴールが国民のCOVID-19への理解だとしたら、次々に細かな新しいコンテンツを出しても、ゴールに辿りつくことはないでしょう」と語る。「情報更新について理解するには、膨大な背景知識が必要です。ニュースシステムは(その知識を提供するには)酷い有様です」と発言している。スタッカートの拍子で、ニュースリポートは科学的プロセスの揺らぎを増幅させる。徐々に明らかになってくる証拠が形勢を一変させるものとして、不確実性が人々を誤情報に駆り立ててしまっているという明らかな感覚を、更に強化してしまっている。

メディアが変わらないなら、それを消費する側が変わらなければならないだろう。スターバード氏は、新しい情報をシェアする前に一旦自分でゆっくりと吟味することを勧めている。彼女自身、パンデミックの記事のスクラップを眺める時間を減らしているという。そして、ローカルソースを見るようにしているそうだ。「インフォデミック(根拠のない不確かな情報が伝染病のように世界中に広がり、問題の解決をより困難にしている状況)を手洗いで防止」するのと同様で、リアルタイムでパンデミックを突き止めることが出来るという幻想を消し去ることができる。

VII. 数字 The Numbers

新情報が流れるペースがパンデミックをモニターしているような感覚にしてしまっている。しかし、日々発表される数字は捻じ曲げられた物語を生んでいる。4月が終わりに近づくと、数字が、米国の感染者数が頭打ちになっているという推測がされたが、確実なものとは言えない。同僚のロビンソン・メイヤーとアレクシス・マドリガルの報告によると、コロナウィルスの検査を受けたアメリカ人の20%が陽性と診断されている。この数字は安定した封じ込めをしている先進国の中で一際高い値だろう。この数字から、米国は感染の可能性のある人を最も多く検査していて、大部分の感染者がまだ検査を受けていない可能性があると考えることができる。もし、そうだとしたら、アメリカが最大限に感染者を特定できるとして、感染者数は平均化するだろう。

上記を検討すると「14日間の感染者数の低下」後に自粛解除をする政府計画を複雑にしている。感染者数が幻想だとしたら、基準自体意味がないものになる。「検査が十分なものか、数字が安定してきているのか自信が持てる数字を知りたい。まだ良い状態になっているとは思えません」とフロリダ大学の統計学者のディーン氏は語る。

感染者数を見るとき、これを覚えておくとよい。この数字は、特定の日にどれぐらい多くの人が感染したかを示していない。この数字は、検査がされた数を示している(だが、その数は十分ではない)、検査の結果が報告されるまで時間的ラグ(長い時間がかかる場合あり)がある、検査比率は不正確な上に低い(見た目の検査率は高く見える)。これと同様に、1日の死亡者数もウィルスが暴れまわっている状態をリアルタイムで見るための情報とは程遠い。これは報告に遅れがあるためで、週末には死亡者数は低くなる傾向にある。

死亡者数は一般的に集計が困難とされる。病気によってプロセスが異なる。疾病予防管理センターは、米国ではインフルエンザで毎年24,000人から62,000人が死亡していると試算している、今のところ、この数字は表面的にみると、COVID-19の死亡者数58,000人に近い。この比較も誤った見解を導く。COVID-19による死亡は、ウィルス検査の陽性反応か診察結果によって数えられる。インフルエンザによる死亡は、入院者数と死亡証明書のモデルを見て予測する。多くの死亡が、インフルエンザウィルスが原因という可能性だけで、実際数値として数えられていないという点を考える必要がある。インフルエンザの死亡者数をCOVID-19と同じように数えたら、死亡者数は大幅に低いものになる。これは、インフルエンザを過大評価しているわけではない。実際にはCOVID-19を私たちは過少評価しすぎている。

データ収集の方法もデータ分析を複雑にしている。感染から回復した患者に、コロナウィルスが再発するという報告、または、「再感染」するという報告を検討してみよう。この報告は、一度ウィルス陰性と診断された患者が、陽性になることを意味する。だが、これはウィルスとは関係がない、問題は検査にある。COVID-19検査薬は、誤診断の結果を沢山出してきている。感染者の15%から30%が誤って、陰性クリアーと診断されている。これらの検査薬がより正確だとしても、最終的にウィルスレベルで回復した患者が正確な閾値以下に収まるだろう。回復中の患者が連続して検査を受ける際、陰性と陽性結果の間に切り替わり、これが再感染したように見える状態を作っている。

検査薬が誤って陽性反応が出すのも問題だ。多くの国や会社が抗体検査に希望を見出している。噂ではコロナウィルスに感染しているかを示すというものだ。このような検査は一度に93.8%の抗体を正確に確認できるものだとしているが、実際には、実態のない抗体を示し、4.4%の人がその抗体がないことが判っただけだった。このような誤った陽性結果が低いことは受け入れられるように見えるかもしれない、だが実際は違う。米国の5%がウィルス感染したとして、1000人に抗体検査をすると47人から50人が抗体を持っていることになる。しかし、同時に950人のうち42人に誤った抗体をコロナウィルス抗体と判断してしまっていることになる。

本来の陽性反応の数と間違えた陽性反応がほぼ同じ。このシナリオでは、コロナウィルスの抗体を持っていると診断されたら、実際に抗体があるかどうかは、コインを宙に放り投げて判断する程度のあやふやな結果だ。

これら検査や死亡者数などが、どれも賭け事でパンデミックが数量化不可能だという意味ではない。数字が間違えているかもしれないということだ。そして、どの数字も確実に低く示されていて実際は高いということを覚えておくとよい。その数字は10ではなく100だという風に。それでも数字は大きな意味を持つ。ただ複雑で読み取ることが困難なだけだ。特に、この瞬間。スマホを開くと、天気予報のパターン、飛行機の運行表、この記事を読んでいる閲覧者数、これら全てがリアルタイムで表示される。でも、パンデミックについては、同じような即時の情報を見ることはできない。私の見ている数字は、研究者が測定に使っているツールで得た数字と変わらない。「数値を測定することがどれほど難しいか、過小評価されている。医療機関で働く私たちにとって、測定をすることが問題の8割を占めている」とディーン氏は語っている。

現在起きていることを測定するのが困難なら、未来を予想するのは更に難しいだろう。世界のパンデミック予想の数学的モデルは頻繁に水晶占いに喩えられている。占いが目的ではない。モデルは未来を占う代わりに、可能性の範囲を示している。科学者や政府要人が異なる行動の方向性で何が起きるのかというシミュレーションをするのに役立っている。モデルは運命の可能性を示し、私たちに選択の余地を与えてくれているものだ。

遠くの画像がぼんやりとしている中, 目の前の道は未知の世界だ。「長期的予想は、葉が落ちる跡を追うようだが、短期的予想は、ボーリングのボールが落ちていくのを見ているようだ。直後の結果として、どれほど荒廃した酷い状況になることが確実になっている事をこれから1年先の不確実性で曖昧にさせるべきではない」と語るのは、プリンストン大学の感染症モデルを研究しているディラン・モリス教授。パンデミックをコントロールする必要があると彼は最後に付け加えた。

VIII. 物語 The Narrative

1999年12月31日大晦日、新ミレニアムまであと数秒という時……何も起きなかった。世界中が危惧したY2Kバグ。奇妙なコンピュータコードが発生して世界中がカオスに陥ると恐れられたが、被害は小さかった。あれから20年経って、Y2Kは過剰反応と同義語になっている。人がなんでもない事で大騒ぎしてしまう瞬間。だが「なんでもない事」など存在しない。実際はシリアスな問題で、実際に現実に惨事が起きなかったのは、多くの人がそれを防ぐために一生懸命頑張った結果、大きな問題にならなかった。「回避された災害から私たちは2つのことを学べる。1つは「大げさにしすぎ」だったということ、もう1つは「懸念したレベルに近かった」ということ、とテュフェクチ氏は語っている。

先月、ロンドンのインペリアルカレッジが、米国でウィルス検査をしないままでいたら、コロナウィルスパンデミックの死者は2200万人になるモデルを公表した。アメリカでは検査を実施した。知事や市長は会社や学校を閉鎖し、集会を禁止し、外出自粛命令を発令した。不規則的ながらも社会的距離政策が発令されたが、それも効果が出てきている。死亡者数はまだ上がり続けているが、最悪の予想2200万人になる前には頭打ちになるだろう。これは予想に限りなく近い。それとも、マスコミの評論家が指摘しているように「大騒ぎし過ぎた」だけだろうか。

コロナウィルスはY2Kバグとは違う。リアルだが見えないリスクだ。ハリケーンや地震が襲ってくるとき、危険は目に見えるし、リスクは説明がつく。惨事が起きた後を目で見ることができる。シェルターに駆け込むときは明瞭だ。シェルターの外が安全だと確認出来て、出ていくこともできる。だが、ウィルスは閾値の中に潜んでいる。危険なのか安全なのかがハッキリしない。マスクを着けて、短時間のウォーキングに外出するとき、外の世界が以前と全く同じなのに、変容してしまって元には戻らないという認知的不協和から、毎回動揺してしまう。私は不運に見舞われた人々、損失を経験した人、失われてしまった人々の話を知ることができる。だが、実際に発生していない損失については知ることはできない。なぜなら、それらはすべて回避されたからだ。予防は治療より良いものかもしれない、でも予防とは精神的なものに近いかもしれない。

コロナウィルスは細胞を取り込むだけでなく、認識の偏りも生む。人間は不確実性から意味を求め物語を生み、混沌から目的を探そうとする。私たちはシンプルな物語に飢えている。だがパンデミックは私たちに何も与えてくれない。生命か経済のどちらかを選択して救うという、容易な二分法は感染症学者と経済学者の間で拡張された合意と矛盾している。米国はこの問題を時期尚早に話し合うべきではない。医療関係者やスーパーの店員が負っているリスクを我慢して働いていることをもてはやし、防護器具を与えてもいない。多くの共和党や民主党が合意している「コロナウィルスの拡散曲線が右下がりになるまで」社会的距離政策を続けるべきという考えを無視するかのような、小規模だが、反ロックダウン運動家も出てきている。

敵を名指ししたい欲求に関しては、中国共産党かドナルド・トランプの事を語ることになるだろう。21世紀の生活がパンデミックを生んだ要因:絶え間なく野生空間を脅かし、沢山の旅客飛行機を運行させ、慢性的医療費の資金不足、ぎりぎりの経済で動くサプライチェーン、医療ケアシステム自体が医療ケアと医療従業者を混同し、SNSがデマを即時に拡散、専門家が過小評価され、高齢者の疎外、何世紀にもわたる人種差別によって貧困状態のマイノリティや先住民族の健康が脅かされている状態。パンデミックに陥りやすいが、準備ができていない世界を築いたという厳しい真実を受け入れるより、コロナウィルスが故意に私たちに放たれたと信じるほうが容易かもしれない。

古典の英雄伝では、神話や映画の原型的プロットで、主人公は不本意に日常生活を離れて未知の世界に旅立つ。そして成功のための試練を受け、変化を成し遂げ、最終的に家に戻る。

コロナウィルス物語でそのようなキャラクターが存在するとしたら、それは1人の人間ではなく、現代の全世界だろう。旅の終焉で、最後の変化の本質は私たちの集合意識と行動から生まれる。その時、人々は今この瞬間と同じように不確実性の中に居るだろう。

エド・ヨンはThe Atlantic誌の科学担当のスタッフライター

(オリジナル記事:Why the Coronavirus Is So Confusing)そんkk拡張

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