01. All the Beauty You Ever Need 君が求める全ての美

パリでは、水道が止まる時には事前にお知らせがある。でも、ノルマンディでは止水案内は一切ない。だから、そのような事態に常に対応出来るようにしておく必要がある。

この事がどうにも納得がいかないのだが、今までどうにか、やり繰りして来ている。お鍋に残った鶏のゆで汁で髭剃りをしたこともあるし、トイレのタンクに流すことのできる液体はどうにか見つけてきてきた。たとえば、オレンジジュース、牛乳や気の抜けたシャンペンなんかをね。状況によっては、水が止まったら、森をハイキングして川で水浴びすること位は出来ると思っている。まだ、そこまでの事態にはなっていないけど。

大抵の場合、近所で工事が始まると止水制限が発生する。工事自体が僕達の住む界隈であったり、隣町で行われていたり。穴を掘って水道管を入れ替えるのに大体2,3 時間、その間水が止まって平常に戻る。不思議なことに、水が止まるタイミングが僕のスケジュールとぴったりかち合う。まさに水道から水が一滴も出なくなる瞬間に僕はベッドから起き上がる。これが午前10時か10時半頃のこと。この時間は僕にとっては早朝だが、ヒューやご近所にしたら、ほぼお昼に近い時間らしい。彼らが朝6時に何をするのか見当もつかないが、僕の知る限り彼らは信じられない位身勝手な連中で、夜明けについて語ることを何かのご褒美のように思い、早起きすることを人生一番の美徳だと信じて疑わない。

前回の止水制限は初夏の頃。僕がいつもの時間に起きると、ヒューはすでにどこかに出掛けた後だった。ヒューが居ないと「コーヒー問題」が発生する。このジレンマはまさに「どうあがいても身動きの取れない状況」だ。思考能力を確実に得る為にカフェインが必要なのに、カフェインを摂るために思考能力が必要になる。前に一度寝ぼけ頭でコーヒーをペリエで作ってみた。これはうまく行くと思ったが、結果は不味かった。別の日に残っていたお茶でコーヒーを煎れたが、あまりに不味くて地面に流した。お茶が黒ければ良かったのに、緑茶だったから結果はおぞましいものになった。あれは一度で十分な経験だ。だから今回はティーポットには眼もくれずにリビングルームのテーブルの上にあった花瓶に手を伸ばした。

電話の脇に置いてある花瓶には野の花が生けてあった。

野の花はヒューが前日に摘んできたものだ。ヒューが泥だらけになって野原でブーケを手にしている姿を想像すると胸が詰まった。ヒューは時折、おかまっぽい以上の事をする。その姿は前開拓時代の主婦のようだ。例えば、ジャムを手作りしたり、ベッドルームのカーテンを麻布でこしらえたり。一度、 川岸でヒューを見かけたら、彼は岩に服を叩きつけて洗濯していた。これは僕達が洗濯機を手に入れる前の出来事だ。盥か何かを使って洗えば良いものを、「君は一体、誰?」と言いたかった。振り返ったヒューが、オッパイから赤ん坊をぶら下げている姿が目に浮かんだ。それもよく見かける心地良さそうな抱っこ紐の中にいる赤ん坊ではなく、真っ赤な顔をして歯茎だけで乳首にぶら下がっている赤ん坊の姿を……。

ヒューがパンツを岩に叩きつけたり、小麦粉を自分の手で挽いてみたら楽しいかもと考えたりしている様子を見ると、僕は以前に出会ったカップルのことを思い出す。もう何年も前の話。

90年代初頭の頃のこと。僕はその頃ニューヨークに住んでいて、クリスマスにノースキャロライナに帰省していた。その頃の僕の最優先事項は、ドラッグでハイにきめて、その状態をキープすることだった。僕の弟のポールは葉っぱを手に入れられるディーラーを知っていて電話をかけてくれた。そんなこんなで、しばらくするとポールと僕は、レイリー郊外のはずれを20マイルも行ったところにあるトレイラーハウスの前に到着した。

ディーラーの名前は「リトルマイク」といった。彼は僕とポールのことを「兄貴」と呼んだ。彼は高校生みたいな出で立ちだった。それも高校中退して駐車場で1日中たむろしているようなタイプ。ジャージ姿で髪の毛の後ろに小さい三つ編を垂らし、ピアスの耳からチェーンをぶら下げているような、そんな感じだ。

僕達の車を見て二言三言何か言った後、リトルマイクは僕達をトレイラーハウスの中に招き入れた。僕らは車中で彼の奥さんに紹介された。彼女はソファーに腰掛けて、テレビのクリスマス特番を観ていた。タイツをはいた足をコーヒーテーブルの上に載せて、膝の上につぶれた顔のペルシャ猫を乗っけていた。彼女の髪の毛はウールの帽子でほとんど隠れていたが、彼女も猫も大きな目をして、ジンジャー色の毛並みまでそっくりだった。僕と弟が部屋に入った時の鼻先の向け方までそっくりだった。ペルシャ猫から多少警戒されるのは直ぐに察したが、リトルマイクの妻からも警戒されて当然だった。テレビを観て寛いでいたら、いきなり男が二人現れたのだから、それもどこの誰かもわからない男が。

「気にすんなよ、ベス」とリトルマイクは言って、ベスの足の裏をつついた。

「やだ、バカ」

リトルマイクがベスのもう片方の足に手を伸ばした。僕はクリスマスツリーを眺めている振りをした。そのツリーは人工のミニチュアツリーだった。

「これ、いいね」と僕は 言った。

すると、ベスは魔女っぽい眼差しでこっちを見た。嘘言っちゃって、あたしの馬鹿ダンナが葉っぱをあんたに売るから、そう言ってるだけでしょ、って感じだ。彼女は僕らに本当に出て行って欲しいようだった。

でもリトルマイクは僕らに向かって「座って」と言った。「酒、酒」といってポールと冷蔵庫のビールを取りにいった。ベスは彼らに向かってラムコークを持ってくるように頼んだ。それからベスはテレビに向き直ると、画面をじっと見つめながらこういった。

「これ、つまんない。『ニガー』をとって」

僕は猫に笑いかけた。そうすることで状況が良くなるかのように。ベスがコーヒーテーブルの向こうの端を指さした時、僕は彼女がリモートコントロールのことを言っているのに気が付いた。

無給就労を強要される黒人と電池でチャンネル変換する装置の相違点をリストにすることが出来たかもしれない。でもそれは僕の思考や気分に一切関係なかったし、ただリモコンを手渡しすることぐらい、僕は全く気にならなかった。それに、まだ葉っぱの取引が始まってもいなくて、兎に角ドラッグが欲しい気分で一杯だったので、そのままリモコンを無言で渡した。僕は葉っぱディーラーの妻がチャンネルをカチカチ変えるのを眺めていた。彼女が満足の行く番組がやっていればいいなと思いながら。

リトルマイクとポールが戻ったとき、彼女はコメディドラマを見始めていた。リトルマイクの持ってきたラムコークの氷の数が気にいらないと文句を言ったらしく、リトルマイクは彼女に「黙れ」と言った後、ジャージのウエストバンドに手を伸ばしてマリファナの袋を引っ張りだした。少なくとも8オンスは あったと思う。小さなクッションのような袋を僕が食い入るように見つめていると、リトルマイクはコーヒーテーブルからベスの足を叩き落として、「ビッチ、 秤を取ってこいよ」と言った。

「テレビ見てんのよ、自分でとってきなよ」

「この売女」

「クソッタレ」

「あーあ、毎日こんなのに耐えてるんだぜオレ」とリトルマイクはため息をついて、ベッドルームがあるトレイラーの後ろに消えていった。それから数分後に秤と紙巻ペーパーを持って戻って来た。葉っぱはつぼみが一杯ついていて、ねっとりしていた。その香りはクリスマスツリーを思い起こさせた。といっても、さっきの人工ミニチュアツリーでは決してない。僕は1オンス分を計ってからお金を数えた。リトルマイクは葉っぱを巻いてジョイントに火をつけた。それから、弟にジョイントを渡した。弟は一服した後に僕に回した。その後僕はリトルマイクにジョイントを戻した。その時にベスが声をあげた。

「ちょっと、あたしのは?」

「ほら、誰かさんが遊びたいってさ」とリトルマイクが言った。

「女ってさあ、ジョイントの紙を吸い込むじゃん。なのにパパがベイビーを欲しいときは、必ず喉が痛いって言いやがんだ」

ベスは煙を肺に溜めておきながら同時に喋った。

「うるさいよ、クソったれ」

「二人とも結婚してないの?」とリトルマイクが僕らに尋ねた。

ポールは首をふった。「俺は一度婚約するぐらいまで行ったことあるけど、デビッドは絶対結婚しない。ゲイだから」

リトルマイクは笑った。そして僕を見ると「マジで?」と言った。

「ねえ、兄貴が言ってることって本当?」

「ああ、デビッドは中身まるまるそうさ」とポールが言った。

「チンチンしゃぶってくれる奴、BF。そういうのが居るんだよ。ほんと、そーなの」

僕は自分で話すことが出来ただろう、でも弟が話すのを聞いているほうが良かった。ポールは自慢気に語っているといってもいい位だった。まるで僕が最近算数を覚えたペットのように。

「まじかよ、兄貴。何を言い出すと思ったら」とリトルマイクが言った。

ベスが突然喋りだした。

「そんで、そのBFだけど」

「訊いていい?あんたたちのどっちが女なの?」

「どっちも女じゃないよ」と僕は彼女に答えた。

「だから、僕らはホモセクシャルカップルなんだ。僕ら両方男だからさ」

「でも違うじゃん」と彼女が言った。

「あたしが言ってるのは、牢屋やそんな所でさ、どっちかが殺人者だとしら、もうひとりは子供にイタズラをする奴やなんかでさ、そうでしょ?もう片方の相手がノーマルってこと」

僕はホモセクシャルであることの何が殺人犯や児童性的虐待者になるのか訊きたかったが、代わりにジョイントを受け取って。

「うん、僕らはニューヨークに住んでるからね」と言った。これで全ての疑問に答えるかのように。

その後30分ぐらい僕と弟はトレイラーの中にいた。それから僕はレイリーに戻るまでドラッグディーラー妻が言ったことを考えていた。

彼女の例えはいささか的外れだったが、彼女の意図していることは解かる。僕の知り合いや家を持って暮らしている人々や、リモコンを「ニガー」と呼ばない人々も同じ質問をよくしてくる。それはレズビアンを例えにしながら、周りにレズビアンが居ないことや自分達の話題が聞こえないことを確認してから、そっと質問する。

「で、どっちが男なの?」

ストレートの人々がゲイのセックスに情熱を傾ける事に多大な時間をかけている事に僕は本当に驚く。「ナニが、どこに入って、どれだけそうなのか」みたいな事を知りたいようだ。彼らは彼らのシステム以外のどんなシステムも理解出来ないようだ。そしてベッドやそれ以外の生活の役回りみたいな考えに異常に拘る。どっちがどっちをビッチ呼ばわりするの?猫が死んだら、どっちがよく泣くの?どっちが長風呂なの?彼らはそういった風にきっぱりと二つに分けたいようだ。しかし、勿論実際はそうではない。ヒューはお料理をするかもしれない。台所に立つときはエプロンをするかもしれない。でも彼は薪を叩き割るし、湯沸かし器を修理することもある。タンポポの根を引っこ抜くより簡単に僕の腕をへし折ることも出来るだろう。それが彼を殺人犯にするだろうか。それとも手作りカーテンが彼を子どもに悪戯をする人間まで押し下げることになるのだろうか?

僕はヒューが前日に摘んできた野の花を見つめながら、そんなことを考えた。野の花は徐行サインのような色のものもあれば、ラベンダーみたいな色も混じっていた。茎は針金みたいに細かった。

僕はヒューがしゃがみ、膝まずいて花を摘んでいる姿を思い描いた。それから僕は花瓶の花を掴むと窓から投げ捨てた。これでおしまい。僕は花瓶を持ってキッチンに行き、中の黄色い水を鍋に移した。それから鍋を沸かしコーヒーを作った。僕のBFが戻ったら、地獄を見るだろう。でも少なくともその頃には僕はスッキリ目覚め、少しは言い返すことが出来るようになる。そしてたぶん、ヒューを説得するだろう。

僕自身が彼の求める全ての美だとかいいながら

 

 

End

(出典:「炎に呑み込まれた時には」デビッド・セダリス、 テキスト翻訳 ちよろず)

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